知識共創と価値共創の学際的研究 ― 多分野統合による理論的検討
知識共創と価値共創の学際的研究 ― 多分野統合による理論的検討

Abstract

本稿は、終末期共創科学振興資格認定協議会一般社団法人知識環境研究会教育会が認定しているターミナルケア指導者という、ターミナルケア・終末期ケアの統合的マネジメントを担う専門職人材の拠って立つ共創的ターミナルケアの背景となる「知識共創」および「価値共創」の概念を、経済学、社会学、心理学、政治学、認知科学、文学、宗教学、哲学倫理学、経営学、システム論の諸領域から横断的に検討することを目的とする。20世紀型の産業社会では、価値は生産者によって創出され、消費者はその受け手であるとする一方向的モデルが支配的であった。しかし21世紀に入り、情報技術と社会構造の変容により、価値は多様な主体の相互作用を通じて生成されるという「共創」的理解が広まりつつある。本稿では、主要理論の整理と学際的分析を通じて、共創を支える条件とその倫理的・社会的含意を明らかにする。最終的に、共創は「関係の知」として、人間と社会の新しい知的秩序を構築する原理であると結論づける。

キーワード: 知識共創、価値共創、社会的イノベーション、相互承認、システム理論、公共価値


1 共創という時代のパラダイム転換

「共創(co-creation)」という概念は、21世紀の社会変化を象徴するキーワードである。従来の経済的価値は、企業や専門家など特定主体による創出物と理解されてきたが、情報通信技術の発展と社会ネットワークの拡張により、価値や知識は多様な主体の協働によって生成されるようになった。この変化は、産業構造・教育・文化・政治に至るまで、社会の根底に影響を与えている。

共創は単なる協働や協力とは異なる。協働(collaboration)は既存の目的達成のための分業的関係であるのに対し、共創は新しい意味・価値・目的そのものを共に創り出す行為である。本稿ではこの「共創」を学際的に捉え、その理論的構造を明らかにする。


2 経済学的視点:市場構造と主体の再定義

経済学では、プラハラードとラマスワミ(Prahalad & Ramaswamy, 2004)の提唱した「価値共創」理論が中心的である。彼らは、企業が一方的に価値を供給するのではなく、消費者との相互作用の中で価値が生成されると論じた。これは「サービス・ドミナント・ロジック」(Vargo & Lusch, 2008)へと発展し、企業は顧客との対話を通じて共創の「場」を提供する存在へと転換する。

また、進化経済学は、経済行動を固定的効用関数ではなく、社会的文脈の中で変化する「相互適応的行為」として捉える。価値共創とは、この進化的相互作用を制度的・文化的次元に拡張したものであり、経済を「関係のシステム」として再定義する試みである。


3 社会学的視点:社会関係資本とネットワーク

社会学では、共創は社会関係資本(social capital)の生成過程として捉えられる。パットナム(Putnam, 2000)は、信頼・規範・ネットワークが社会的効率性を向上させると指摘し、協働行動の前提としての「信頼の文化」を重視した。知識共創においても、暗黙知の共有には信頼に基づく社会的場が不可欠である。

さらに、ブルデューの文化資本・場(champ)概念を援用すれば、共創は文化的・象徴的権力の再編過程でもある。誰が知を生み出す主体として承認されるのか、どの知識が正統とみなされるのかという社会的構造を分析することが、共創の理解には不可欠である。


4 心理学的視点:動機づけと相互承認

心理学の観点からは、共創は「内発的動機づけ」に支えられる創造的行為である。デシとライアンの自己決定理論(Self-Determination Theory)によれば、人間は自律性・有能感・関係性を満たすとき、創造的かつ持続的に活動できる。共創的環境では、これら三要素を充足する設計が重要である。

社会心理学的には、共創は「相互承認」の過程とみなされる。ハーバーマスのコミュニケーション行為理論における相互理解の構造は、他者の視点を尊重することが新しい意味生成の条件であることを示している。共創とは、自己と他者の関係を通じて自己を拡張する心理的プロセスでもある。


5 政治学的視点:共治と熟議のガバナンス

政治学では、「共創ガバナンス(co-governance)」の理念が注目されている。マーク・ムーア(1995)の公共価値論は、行政が一方的に公共サービスを提供するのではなく、市民・企業・NPOと協働して公共的価値を共創することを提唱する。この考えはハーバーマスの熟議民主主義とも接続し、意思決定を対話と合意形成の過程として再構築する。

地方自治体では、「共創型まちづくり」や「官民連携イノベーション」が進展しているが、これらは共創の政治的実践である。ここでは、統治のあり方が「命令と統制」から「対話と共感」へと移行している点に特徴がある。


6 認知科学的視点:分散認知と集合知

認知科学においては、知識共創は「分散認知(distributed cognition)」の理論によって説明される。ハッチンス(1995)は、人間の知的活動が個人の内部ではなく、環境・道具・他者との相互作用に分散しているとした。この観点から、共創は「認知的ネットワーク」の中で知識が生成される現象である。

また、デジタル時代には「集合知(collective intelligence)」の概念が重要である。Wikipediaやオープンソース開発に見られるように、多数の主体が部分的知を持ち寄ることで、全体として高度な知識体系を形成する。共創は、人間の認知能力を超えた「知の生態系」として理解されうる。


7 文化・宗教・文学的視点:意味の共創

文学・芸術の領域では、共創は「意味の共同生成」として現れる。バルトの「作者の死」論に示されるように、作品の意味は読者との解釈的対話の中で生成される。アートプロジェクトにおける市民参加型作品も、作者と鑑賞者の共創的関係を具体化している。

宗教学的にみると、共創は「共なる聖性」の生成でもある。儀礼や祭祀は、共同体が聖なる秩序を再構築する行為であり、価値共創の宗教的原型といえる。ここでは、価値とは経済的効用ではなく、存在的・象徴的共有のことである。


8 哲学倫理学的視点:共存在と倫理

哲学的には、共創は「他者と共に在る」存在論的構造に関わる。ハイデガーの「共存在(Mitsein)」、レヴィナスの「他者の顔」の倫理、あるいはアーレントの「活動的人間」にみられるように、人間は本来的に他者との関係性の中で意味を生成する存在である。

同時に、共創には倫理的課題も伴う。知識の共有は権利や責任の境界を曖昧にする。AIやアルゴリズムとの共創では、主体性・著作権・倫理的責任の再定義が必要である。共創倫理とは、創造行為における「他者への応答責任」を中心に据える新しい規範理論である。


9 経営学・組織論的視点:知識創造理論と「場」

野中郁次郎の「知識創造理論(SECIモデル)」は、知識共創の基礎理論として広く認知されている。暗黙知と形式知の相互変換(Socialization, Externalization, Combination, Internalization)を通じて、組織的知識が生成されるというモデルである。ここで重要なのが「場(ba)」であり、信頼・対話・実践を通じて知が共創される環境的基盤である。

現代の経営実践では、顧客・地域社会・異業種間の共創がイノベーションの源泉となっている。オープンイノベーション、デザイン思考、サービスデザインはいずれも、知識共創の組織的応用形態と位置づけられる。


10 システム論的視点:複雑系としての共創

システム論の立場では、共創は「複雑適応系(Complex Adaptive System)」における自己組織化現象である。多様な主体が相互作用することにより、全体として新しい秩序やパターンが生まれる。プリゴジンの「散逸構造」やルーマンの「社会システム理論」は、共創を非線形な動態システムとして理解する枠組みを提供する。

この観点からは、共創を外部から制御することはできず、「開放性・多様性・再帰性・相互接続性」を備えた環境が共創の発生条件となる。すなわち、共創は管理ではなく、「育成」されるものである。


11 総合的考察:共創を支える条件と社会的意義

これらの諸分野の議論を総合すると、共創を支える要件は以下のように整理できる。

  1. 信頼と相互承認(社会学・心理学)
  2. 多様性とネットワークの開放性(システム論・認知科学)
  3. 意味の共有と物語性(文学・宗教学)
  4. 倫理的責任と対話的関係(哲学倫理学)
  5. 場の設計と組織的学習(経営学)
  6. 共治的ガバナンス構造(政治学・経済学)

共創は単なる技術的・経済的手法ではなく、人間社会のあり方そのものの転換を意味する。それは、分断の時代における新しい連帯の形式であり、知と価値の生成を通じた「社会的再構築」の試みである。


12 共創とは「関係の知」である

本稿の検討から、共創とは単に複数主体の協働作業ではなく、「関係性の中で意味と価値を生成する知的営み」であることが明らかになった。
経済的価値も文化的意味も倫理的判断も、すべては他者との相互作用の中で形成される。したがって、共創の理解は、「人間とは何か」「社会とは何か」「知とは何か」という根源的問いへの回帰を要請する。

知識共創・価値共創の思想は、学問・産業・文化・政治を貫く新しい知のパラダイムとして、今後の人類社会の構想に不可欠な基盤をなすであろう。


参考文献

  • Prahalad, C. K. & Ramaswamy, V. (2004). The Future of Competition: Co-Creating Unique Value with Customers. Harvard Business School Press.
  • Vargo, S. L. & Lusch, R. F. (2008). “Service-Dominant Logic: Continuing the Evolution.” Journal of the Academy of Marketing Science, 36(1), 1–10.
  • Putnam, R. D. (2000). Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. Simon & Schuster.
  • Nonaka, I. & Takeuchi, H. (1995). The Knowledge-Creating Company. Oxford University Press.
  • Hutchins, E. (1995). Cognition in the Wild. MIT Press.
  • Habermas, J. (1984). The Theory of Communicative Action. Beacon Press.
  • Luhmann, N. (1995). Social Systems. Stanford University Press.
  • Moore, M. (1995). Creating Public Value. Harvard University Press.
  • Deci, E. L. & Ryan, R. M. (2000). “The ‘What’ and ‘Why’ of Goal Pursuits: Human Needs and the Self-Determination of Behavior.” Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
  • Barthes, R. (1977). The Death of the Author. Hill and Wang.
  • Levinas, E. (1969). Totality and Infinity. Duquesne University Press.
  • Prigogine, I. (1980). From Being to Becoming: Time and Complexity in the Physical Sciences. Freeman.